コメの暴騰は資本主義に対する反乱です
戦後、食料品としてのコメの需要は減り続けている。政府は減反を政策とし、需要に見合う量に生産を限定させ、米価が暴落して農家が廃業せざるを得なくなる事態を防いできた。減反政策は既に放棄されたが、コメの需要は減り続けている。
富山の米騒動の頃は、主食として食べられるものはコメしかなかった。従ってそのコメが暴騰したら飢え死にするしかない。だから民衆は立ち上がって暴動を起こし米屋や米問屋を襲撃して、コメを寄越さねば打ち壊して勝手に持っていくと脅した。騒動を治めるために、警察官が間に入って騒動前の価格で販売してここはみんなを落ち着けるべきだ、死んだら元も子もないだろう?となかば脅す形で問屋の主を説得し、民衆に以前の相場で販売するということで事無きを得た例もある。民衆の要求に一切の相手をしなかった問屋もいたが、家も店も倉も全部打ち壊された。もちろんコメは全部持っていかれた。バカな奴もいたものである。
平成の米騒動では、確かに値上がりしたが、この時も卸売業者の売り惜しみがあったことがわかっており、消費者の反発を招いている。翌年は豊作だったのでコメ価格は低落し、元の価格に落ち着いた。ただし、影響はそれだけでなく、世界中から日本が原因でコメ価格が上がったと突き上げられ、米の輸入自由化をせざるを得なくなり、高い関税をかけることはできたものの、自由化自体は呑むしかなかった。備蓄米制度もこの時作られている。終わってみれば、業界は自分の首に縄をかけただけにすぎなかった。
コメの需要が減り続けているということは統計にも現れている。次のグラフをご覧頂きたい。
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