『古事記』上つ巻、神代(四)

古事記 上つ巻

神代(四)

故於是速須佐之男命言然者請天照大御神將罷乃參上天時山川悉動國土皆震爾天照大御神聞驚而詔我那勢命之上來由者必不善心欲奪我國耳卽解御髮纒御美豆羅而乃於左右御美豆羅亦於御鬘亦於左右御手各纒持八尺勾璁之五百津之美須麻流之珠而自美至流四字以音下效此曾毘良邇者負千入之靫訓入云能理下效此自曾至邇以音附五百入之靫亦所取佩伊都此二字以音之竹鞆而弓腹振立而堅庭者於向股蹈那豆美三字以音如沫雪蹶散而伊都伊都二字以音之男建訓建云多祁夫蹈建而待問何故上來爾速須佐之男命答白僕者無邪心唯大御神之命以問賜僕之哭伊佐知流之事故白都良久三字以音僕欲往妣國以哭爾大御神詔汝者不可在此國而神夜良比夜良比賜故以爲請將罷往之狀參上耳無異心爾天照大御神詔然者汝心之淸明何以知於是速須佐之男命答白各宇氣比而生子自宇以下三字以音下效此

かれここ速須佐之男命はやすさのおのみことまうしたまはく、然者しからば天照大御神あまてらすおほみかみまうしてまからん、すなはあめ參上まゐのぼります時に、山川ことごととよみ、國土くにつちみなりき。ここ天照大御神あまてらすおほみかみ聞きておどろかしてのりたまはく、那勢命なせのみことのぼたるゆゑは、必ずうるはしき心ならず。が國を奪はんとおもほすにこそ[]すなは御髮みかみを解き、御美豆羅みずらかして、左、みぎり御美豆羅みずらにも、また御鬘みかずらにも、また左右の御手みてにも、みな八尺やさか勾璁まがたま五百津いおつ美須麻流みすまるたまき持たしてり流に至る四字は音を用ゐる。下もこれなら曾毘良邇そびらには、千入ちのりゆぎを負ひ入をみて能理のりふ。下もこれならふ。曾り邇に至るまで音を用ゐる五百入いほのりゆぎけ、また伊都いつ竹鞆たかとも伊都いつの二字は音を用ゐる取りおばして、弓腹ゆはら振り立てて、堅庭かたにはは、向股むかもも那豆美なずみ三字は音を用ゐる沫雪あはゆき蹶散けはらかして、伊都いつ伊都いつの此この二字は音を用ゐる男建おたけび建をみて多祁夫たけび蹈建ふみたけびて待問まちとひたまはく、何故などのぼませる。ここ速須佐之男命はやすさのおのみこと答白まうしたまはく、きたなき心無し。ただ大御神之命おほみかみのみこと以ちて、伊佐知流いさちる事を問ひたまひしゆゑに、妣國ははのくにまからんとおもひてくとまう都良久しかば三字以音大御神おほみかみみましの國になみそとのりたまひて、かむ夜良比夜良比やらひやらひたまゆゑに、罷往まかりなさんとするさままうさんと以爲おもひてこそ參上まゐのぼりつけれ。けしき心無し。ここ天照大御神あまてらすおほみかみのりたまはく、然者しからばみましの心淸明あかきことは、何以いかにして知らまし。ここ速須佐之男命はやすさのおのみこと答白まうしていはく、おのもおの宇氣比うけひみこ生まなり以下三字は音を用ゐる。下もこれなら[]

そこで速須佐之男命は「それなら姉の天照大御神にお別れを言ってから行きたい」と仰って、すぐに天上に昇られた。この時、山や川は鳴り響き、全土は震えた。天照大御神は、その音を聞いて驚き「私の弟が登ってくるのは、よからぬ目的でだろう。私の国を奪おうとしているに違いない」と言って、髪を解き、男のようにみずらに巻いて、左右のみずらにも、鬘にも、また左右の手にも八尺の勾玉を五百個貫いた御統(みすまる)の玉を巻き、背には千本もの矢が入る靫を背負い、(脇には)五百の矢が入る靫を付け、弓を振り立てて、堅い土を踏みならせば、股まですっぽり沈むほどで、まるで雪を踏むようでした。大御神は鋭く猛々しい雄叫びを上げて須佐之男命を待ち受け、問いかけられました。「お前は何のためにここまで昇ってきたのか」すると須佐之男命は「僕には邪心はありません。ただ伊邪那岐の大御神が僕に『お前はなぜいつも泣き叫んでいるのか』とお訊ねになったので『僕は妣の国に行きたいと思って泣くのです』と答えたら、『ではお前はこの(地上の)国に住んではならん』と仰って、僕を追い出されました。だからこれから妣の国へ行きたいと思います。それでお別れを言うためにやって来ました。その他に何の意図もありません」とお答えになられた。天照大御神は「ではお前に邪心がなく、清らかな心であることをどうやって知ることができるだろう」と仰った。速須佐之男命は「互いに誓いを立てて、それぞれに子供を産みましょう」と提案なされた。

故爾各中置天安河而宇氣布時天照大御神先乞度建速須佐之男命所佩十拳劒打折三段而奴那登母母由良邇此八字以音下效此振滌天之眞名井而佐賀美邇迦美自佐下六字以音下效此於吹棄氣吹之狹霧所成神御名多紀理毘賣此神名以音亦御名謂奧津嶋比賣命次市寸嶋上比賣命亦御名謂狹依毘賣命次多岐都比賣三柱此神名以音速須佐之男命乞度天照大御神所纒左御美豆良八尺勾璁之五百津之美須麻流珠而奴那登母母由良爾振滌天之眞名井而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命亦乞度所纒右御美豆良之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名天之菩卑能自菩下三字以音亦乞度所纒御鬘之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名天津日子根命又乞度所纒左御手之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名活津日子根命亦乞度所纒右御手之珠而佐賀美邇迦美而於吹棄氣吹之狹霧所成神御名熊野久須毘自久下三字以音幷五柱於是天照大御神告速須佐之男命是後所生五柱男子者物實因我物所成故自吾子也先所生之三柱女子者物實因汝物所成故乃汝子也如此詔別也

かれここおのおの天安河あめのやすのかわを中に置きて宇氣布うけふ時に、天照大御神あまてらすおほみかみ建速須佐之男命たけはやすさのおのみことみはかせる十拳劒とつかつるぎわたして、三段みきだに打ち折りて、奴那登母母由良邇ぬなとももゆらにの八字は音を用ゐる。下もこれならあめ眞名井まなゐに振りすすぎて、佐賀美邇迦美さがみにかみしもの六字は音を用ゐる。下もこれなら、吹きつる氣吹いぶき狹霧さぎりに成りませる神の御名みなは、多紀理毘賣たきりびめのみことの神のみなは音を用ゐるまた御名みなは、奧津嶋比賣命おきつしまひめのみことまうす。次に市寸嶋上比賣命いちきしまひめのみことまた御名みな狹依毘賣命さよりびめのみことまうす。次に多岐都比賣たぎつひめのみこと三柱みはしらの神のみなは音を用ゐる速須佐之男命はやすさのおのみこと天照大御神あまてらすおほみかみの左の美豆良みずらかせる八尺勾璁やさかのまがたま五百津いおつ美須麻流みすまるたまわたして、奴那登母母由良爾ぬなとともゆらにあめ眞名井まなゐに振りすすぎて、佐賀美邇迦美さがみにかみて、吹きつる氣吹いぶき狹霧さぎりに成りませる神の御名みなは、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命まさかあかつかちはやびあめのおしほみみのみことまたみぎり美豆良みずらかせるたまわたして、佐賀美邇迦美さがみにかみて、吹きつる氣吹いぶき狹霧さぎりに成りませる神の御名みなは、あめ菩卑能ほひのみことしも三字は音を用ゐるまた御鬘みかずらかせるたまわたして、佐賀美邇迦美さがみにかみて、吹きつる氣吹いぶき狹霧さぎりに成りませる神の御名みなは、天津日子根命あまつひこねのみことまた左の御手みてかせるたまわたして、佐賀美邇迦美さがみにかみて、吹きつる氣吹いぶき狹霧さぎりに成りませる神の御名みなは、活津日子根命いくつひこねのみことまたみぎり御手みてかせるたまわたして、佐賀美邇迦美さがみにかみて、吹きつる氣吹いぶき狹霧さぎりに成りませる神の御名みなは、熊野くまぬ久須毘くすびのみことしも三字は音を用ゐる。あはせて五柱いつはしらここ天照大御神あまてらすおほみかみ速須佐之男命はやすさのおのみことのりたまはく、のちれませる五柱いつはしら男子ひこみこは、物實ものざねが物にりて成りませり。かれおのずからみこなりさきれませる三柱みはしら女子ひめみこは、物實ものざねみましが物にりて成りませり。かれすなはみましみこなり如此かくのりわけたまいき。

そこで、天の安河を間に挟んでお立ちになり、互いに誓いを立てられた時、まず天照大御神が建速須佐之男命の身に着けておられた十拳劔を頼んで貰い受けて、三段に打ち折り、玉の音をさせながらゆらゆらと天の真名井の水に振り動かしてお洗いになられた後、バリバリとかみ砕かれて、霧にしてお吹きになられました。その霧の中からお生まれになられた神様のお名前は、多紀理毘賣命、またの名は奧津嶋比賣命と仰います。次に市寸嶋比賣命、またの名は狹依毘賣命と仰います。次に多岐都比賣命。合わせて三柱の姫神様がお生まれになられました。速須佐之男命は、天照大御神が左のみずらに纏いておられた八坂の勾玉の五百箇の御統の玉を頼んで貰い受け、玉の音をさせながらゆらゆらと天の真名井の水に振り動かしてお洗いになられた後、バリバリとかみ砕かれて、霧にしてお吹きになられました。その霧の中からお生まれになられた神様のお名前は、正勝吾勝勝速日天之忍穗耳命です。次に右のみずらに纏いおられた玉を頼んで貰い受けて、バリバリとかみ砕かれて、霧にしてお吹きになられました。その霧の中からお生まれになられた神様のお名前は、天之菩卑能命です。次に、鬘に付けていた玉を頼んで貰い受けて、バリバリとかみ砕かれて、霧にしてお吹きになられました。その霧の中からお生まれになられた神様のお名前は、天津日子根命です。次に、左手に纏いておられた玉を頼んで貰い受けて、バリバリとかみ砕かれて、霧にしてお吹きになられました。その霧の中からお生まれになられた神様のお名前は、活津日子根命です。次に、左手に纏いておられた玉を貰い受けて、バリバリとかみ砕かれて、霧にしてお吹きになられました。その霧の中からお生まれになられた神様のお名前は、熊野久須毘命です。合わせて五柱の男神がお生まれになりました。このとき天照大御神は、速須佐之男命に「この後から生まれた五柱の男神たちは、その生まれた種となったものが私のものだったから、私の子です。先に生まれた三柱の姫神は、生まれた種となったものはあなたのものだったから、あなたの子です」と仰って振り分けられた。

故其先所生之神多紀理毘賣命者坐胸形之奧津宮次市寸嶋比賣命者坐胸形之中津宮次田寸津比賣命者坐胸形之邊津宮此三柱神者胸形君等之以伊都久三前大神者也故此後所生五柱子之中天菩比命之子建比良鳥命此出雲國造无邪志國造上菟上國造下菟上國造伊自牟國造津嶋縣直遠江國造等之祖也次天津日子根命者凡川內國造額田部湯坐連茨木國造倭田中直山代國造馬來田國造道尻岐閇國造周芳國造倭淹知造高市縣主蒲生稻寸三枝部造等之祖也

かれさきれませる神[]多紀理毘賣たきりびめのみことは、胸形むなかた奧津宮おきつみやす。次に市寸嶋比賣命いちきしまひめのみことは、胸形むなかた中津宮なかつみやす。次に田寸津比賣命たぎつひめのみことは、胸形むなかた邊津宮へつみやす。三柱みはしらの神は、胸形君むなかたのきみが以ち伊都久いつく三前大神みまえのおほかみなりかれのちれませる五柱ごはしらみこ[]の中に、天菩比命あめのほひのみことみこ建比良鳥命たけひらとりのみこと出雲國造いずものくにのみやつこ无邪志國造むざしのくにのみやつこ上菟上國造かみつうなかみのくにのみやつこ下菟上國造しもつうなかみのくにのみやつこ伊自牟國造いじむのくにのみやつこ津嶋縣直つしまのあがたのあたえ遠江國造とおつうみのみやつこおやなり。次に天津日子根命あまつひこねのみことは、凡川內國造おおしこうちのくにのみやつこ額田部湯坐連ぬかたべのゆえのむらじ茨木國造うばらきのくにのみやつこ倭田中直やまとのたなかのあたえ山代國造やましろのくにのみやつこ馬來田國造うまぐだのくにのみやつこ道尻岐閇國造みちのしりのきへのくにのみやつこ周芳國造すおうのくにのみやつこ倭淹知造やまとのあむちのみやつこ高市縣主たけちのあがたぬし蒲生稻寸がもうのいなき三枝部造さきくさべのみやつこおやなり

このとき、先に生まれた神様のうち、多紀理毘賣命は宗像(大社)の奥津宮に鎮座しておられます。次の市寸嶋比賣命は同じく宗像の中津宮に、また田寸津比賣命は辺津宮におられます。この三女神は宗像の君たちが奉斎する三前の大神(宗像三女神)です。この後からお生まれになられた五柱の神様のうち、天菩比命の子には建比良鳥命がいらっしゃって、出雲国造、无邪志国造、上菟上国造、下菟上国造、伊自牟国造、津嶋縣直、遠江国造等の祖先となられました。次の天津日子根命は、凡川内国造、額田部湯坐連、茨木国造、倭田中直、山代国造、馬來田国造、道尻岐閇国造、周芳国造、倭淹知造、高市縣主、蒲生稻寸、三技部造等の祖先となられました。

爾速須佐之男命白于天照大御神我心淸明故我所生子得手弱女因此言者自我勝云而於勝佐備此二字以音離天照大御神之營田之此阿字以音埋其溝亦其於聞看大嘗之殿屎麻理此二字以音散故雖然爲天照大御神者登賀米受而告如屎醉而吐散登許曾此三字以音我那勢之命爲如此又離田之埋溝者地矣阿多良斯登許曾自阿以下七字以音我那勢之命爲如此此一字以音詔雖直猶其惡態不止而轉天照大御神坐忌服屋而令織神御衣之時穿其服屋之頂逆剥天斑馬剥而所墮入時天服織女見驚而於梭衝陰上而死訓陰上云富登故於是天照大御神見畏開天石屋戸而刺許母理此三字以音坐也

ここ速須佐之男命はやすさのおのみこと天照大御神あまてらすおほみかみまうしたまはく、が心淸明あかきゆゑに、が生めりしみこ手弱女たわやめを得つ。これりてまうさば、おのずからあれちぬとひて、かち佐備さびの二字は音を用ゐるに、天照大御神あまてらすおほみかみ營田みつたぐの阿の字は音を用ゐるはなち、の溝埋め、また大嘗おほにえ聞看きこしめす殿に、くそ麻理まりの二字は音を用ゐる散らしき。かれしかれども、天照大御神あまてらすおほみかみは、登賀米とがめ受たまはじてのりたまはく、くそすは、ひて吐き散ら登許曾とこその三字は音を用ゐる那勢之命なせのみこと如此かくつらめ。またはなち、溝埋むるは、ところ阿多良斯登許曾あたらしきとこそ以下しも七字は音を用ゐる那勢之命なせのみこと如此かくつらめの一字は音を用ゐるのり直したまえどもなほしきわざ止まずしてうたてあり。天照大御神あまてらすおほみかみ忌服屋いみはたやしまして、神御衣かんみそ織らしめたまふ時に、服屋はたやむね穿うがちて、天斑馬あめのふちこま逆剥さかはぎぎて、とし入るる時に、天服織女あめのみそおりめおどろきて、陰上ほときてうせき陰上をんで富登ほとかれここ天照大御神あまてらすおほみかみかしこ見て、天石屋戸あめのいはやどてて、許母理こもりの三字は音を用ゐるしましき。

そこで速須佐之男命は天照大御神に「私の心が清かったから、私が生んだ子は優しい手弱女だった。つまり私の勝ちだ」と仰って、勝ち誇った勢いで、天照大御神のお作りになられていた田の畔を切り崩し、溝を埋めてしまわれた。また大御神が大嘗を召し上がる殿に、糞をしてまき散らされた。しかし天照大御神はおとがめになられず「私の弟が糞をしたのは、酔っぱらって吐き散らしたのでしょう。また田の畔を切り崩し、溝を埋めたのは、その場所が田にできるのにと惜しんだのでしょう」とおかばいになられたが、その悪行はやまず、見ていられないほどであった。天照大御神が忌服屋にいて、神御衣を織らせていたとき、その服屋の屋根に穴を開け、逆剥ぎにした天斑馬をそこから落とし入れられたところ、天衣織女は驚いて、梭で陰部を突いて死んでしまった。天照大御神はこの様子を見ておそろしくなられ、天石屋戸におこもりになられた。

爾高天原皆暗葦原中國悉闇因此而常夜往於是萬神之聲者狹蠅那須此二字以音滿萬妖悉發是以八百萬神於天安之河原神集集而訓集云都度比高御產巢日神之子思金神令思訓金云加尼而集常世長鳴鳥令鳴而取天安河之河上之天堅石取天金山之鐵而求鍛人天津麻羅麻羅二字以音伊斯許理度賣自伊下六字以音令作鏡科玉祖命令作八尺勾璁之五百津之御須麻流之珠而召天兒屋命布刀玉命布刀二字以音下效此而內拔天香山之眞男鹿之肩拔而取天香山之天之波波迦此三字以音木名而令占合麻迦那波自麻下四字以音天香山之五百津眞賢木矣根許士爾許士而自許下五字以音於上枝取著八尺勾璁之五百津之御須麻流之玉於中枝取繋八尺鏡訓八尺云八阿多於下枝取垂白丹寸手青丹寸手而訓垂云志殿此種種物者布刀玉命布刀御幣取持而天兒屋命布刀詔戸言禱白而天手力男神隱立戸掖而天宇受賣命手次繋天香山之天之日影而爲鬘天之眞拆而手草結天香山之小竹葉而訓小竹云佐佐於天之石屋戸伏汙氣此二字以音登杼呂許志此五字以音爲神懸而掛出胸乳裳緖忍垂於番登也爾高天原動而八百萬神共咲

すなは高天原たかまのはらみなくらく、葦原中國あしはらのなかつくにことごとくらし。これりて常夜とこよく。ここ萬神よろずのかみおとなひは、狹蠅那さばえ須此なす二字は音を用ゐる滿みなはき、萬妖よろずのわざわいことごとおこりき。ここを以て八百萬神やおよろずのかみ天安之河原あめのやすのかはら神集かむつどつどひて集をみて都度比つどひ高御產巢日神たかむすびのかみみこ思金神おもひかねのかみに思はしめて金をみて加尼かね常世長鳴鳥とこよのながなきどりつどへて鳴かしめて、天安河あめのやすかわ河上かわら天堅石あめのかたしはを取り、天金山あめのかなやまかねを取りて、鍛人かぬち天津あまつ麻羅まうら麻羅の二字は音を用ゐるまぎて、伊斯許理度賣いしこりどめのみことしも六字は音を用ゐるおほせて鏡を作らしめ、玉祖命たなのやのみことおほせて八尺勾璁やさかのまがたま五百津いおつ御須麻流みすまるたまを作らしめて、天兒屋命あめのこやねのみこと布刀ふと玉命たまのみこと布刀の二字は音を用ゐる。しもこれならびて、天香山あめのかぐやま眞男鹿まおしか肩を內拔うつぬきにきて、天香山あめのかぐやま天之あめの波波迦ははかの三字は音を用ゐる。木の名を取りて、占合うらへ麻迦那波まかなはしも四字は音を用ゐるしめて、天香山あめのかぐやま五百津眞賢木いおつまさかきを、許士爾許士こじにこじしも五字は音を用ゐるて、上枝ほつえ八尺勾璁やさかのまがたま五百津いおつ御須麻流みすまる玉を取りけ、中枝なかつえに、八尺鏡やあたかがみ八尺をみて八阿多やあたを取りけ、下枝しずえ白丹寸手しらにぎて青丹寸手あおにぎてを取りしで垂をんで志殿しで種種くさぐさ物は、布刀ふと玉命たまのみこと布刀ふと御幣みてぐら取りたして、天兒屋命あめのこやねのみこと布刀ふと詔戸言のりごとねぎまうして、天手力男神あめのたぢからおのかみ、戸のわきかくり立たして、天宇受賣命あめのうずめのみこと天香山あめのかぐやま天之日影あめのひかげ手次たすきけて、天之眞拆あめのまさきかづらて、天香山あめのかぐやま小竹葉ささば小竹をみて佐佐ささ手草たぐさひて、天之石屋戸あめのいはやど汙氣うけの二字は音を用ゐる伏せて、登杼呂許志とどろこしの五字は音を用ゐる神懸かむがかて、胸乳むなぢ裳緖もひも番登ほとれき。かれ高天原たかまのはらゆすりて、八百萬神やおよろずのかみ共にわらひき。

たちまちのうちに高天の原はすっかり暗くなり、葦原の中つ国は闇に沈んだ。そのまま何日も常夜のような日が続いた。そのため悪神たちがおとずれて、蠅のようにわき出して満ち、あらゆる災いが起こった。そこで八百万の神々は天の安河の河原に集まり、高御産巣日神の子、思金神に対策を考えさせた。まず常世の長鳴鳥を集めて夜明けが来たように時を作らせた。天の安河のほとりの堅い石と、天金山の鉄を取り、鍛冶師の天津麻羅を招いて、伊斯許理度賣命に鏡を作らせた。また玉祖命に八尺の勾玉の五百箇の御統の玉を作らせた。天児屋命と布刀玉命を呼び寄せ、天香山の真男鹿の肩の骨を抜き、天香山の天の波波迦を燃やした火で骨を灼いて占わせた。また天香山の五百本の真賢木を根こそぎ取って、上の枝には八尺の御統の玉を取り付け、中ほどの枝には八尺鏡をかけ、下の枝には白和幣、青和幣を垂らした。これを布刀玉命が太御幣としてお持ちになり、天児屋命が太祝詞を唱えられた。天手力男神を戸の蔭へ隠れさせた。天宇受賣命は天香山の天の日影葛を襷に掛けられ、天の真拆を鬘にされ、天香山の笹の葉を腕輪にお付けになられた。その姿で石屋の前に伏せて置いた桶の上で踊って踏み鳴らし、神懸かりになって乳房をかき出し、裳の紐を押し下げて陰部まで露わにされた。そのため高天の原はどよめいて、八百万の神々は一斉に大笑いなされた。

於是天照大御神以爲怪細開天石屋戸而內告者因吾隱坐而以爲天原自闇亦葦原中國皆闇矣何由以天宇受賣者爲樂亦八百萬神諸咲爾天宇受賣白言益汝命而貴神坐故歡喜咲樂如此言之間天兒屋命布刀玉命指出其鏡示奉天照大御神之時天照大御神逾思奇而稍自戸出而臨坐之時其所隱立之天手力男神取其御手引出卽布刀玉命以尻久米此二字以音繩控度其御後方白言從此以內不得還入故天照大御神出坐之時高天原及葦原中國自得照明於是八百萬神共議而於速須佐之男命負千位置戸亦切鬚及手足爪令拔而神夜良比夜良比岐

ここ天照大御神あまてらすおほみかみあやしと以爲おもほして、天石屋戸あめのいはやどを細めに開きて、內よりのりたまへるは、こもすにりて天原あまのはらおのずからくらく、また葦原中國あしはらのなかつくにみなくらけんと以爲おもふを、何由以などて天宇受賣あめのうずめあそまた八百萬神やおよろずのかみもろもろわらふぞと。すなは天宇受賣あめのうずめみことまさりてとふとき神いますがゆゑ歡喜咲えらぎあそぶと白言まうしき。如此かくまうあひだに、天兒屋命あめのこやねのみこと布刀ふと玉命たまのみことの鏡を指し出でて、天照大御神あまてらすおほみかみまつる時に、天照大御神あまてらすおほみかみいよいよあやしとおもほして、ややり出でて、のぞす時に、其所かの隱り立ちたる天手力男神あめのたぢからおのかみ御手みてを取り引き出だしまつりき。すなは布刀ふと玉命たまのみことしり久米くめの二字は音を用ゐるなわを、御後方みしりえわたして、ここり內になかへりましそと白言まうしき。かれ天照大御神あまてらすおほみかみ出でせる時に、高天原たかまのはら葦原中國あしはらのなかつくにおのずから照り明かりき。ここ八百萬神やおよろずのかみ共にはかりて、速須佐之男命はやすさのおのみこと千位置戸ちくらおきどを負はせ、またひげを切り、手足の爪をかしめて、かむ夜良比夜良比岐やらひやらひき

このとき、天照大御神は「奇妙だ」とお思いになり、石屋の戸を少しだけお開きになって「私がここに籠もったので、高天の原は暗くなり、葦原の中つ国も真っ暗だと思うのに、どうして天宇受賣は神遊びの舞をしていて、八百万の神々はみんな楽しそうに笑っているのか」と尋ねられた。そこで天宇受賣は「大御神にも優って尊い神様がいらっしゃったので、みんなで神遊びしています」とお答えになった。この間に、天兒屋命と布刀玉命は隙間から鏡を差し入れて、天照大御神に見せた。天照大御神は鏡に映った自分の姿を来訪した神の姿と思い、いよいよ不思議に思って、もっとよく見ようと、身を少し石屋戸の外に乗り出したとき、そばに隠れて立っておられた天手力男神がその手を取って引き出された。ただちに布刀玉命は尻久米繩を大御神の背後に張り「ここより内へお帰りになりませんよう」と仰った。こうして天照大御神が再び姿をお現しになられたので、高天の原と葦原の中つ国は元通り明るくなった。八百万の神々は相談して、速須佐之男命に大きな賠償責任を負わせになり、鬚を切り、手足の爪も抜かせて、高天の原から追放なされた。

又食物乞大氣津比賣神爾大氣都比賣自鼻口及尻種種味物取出而種種作具而進時速須佐之男命立伺其態爲穢汚而奉進乃殺其大宜津比賣神故所殺神於身生物者於頭生蠶於二目生稻種於二耳生粟於鼻生小豆於陰生麥於尻生大豆故是神產巢日御祖命令取茲成種

また食物おしもの大氣津比賣神おほげつひめのかみに乞ひたまひき。ここ大氣都比賣おほげつひめ、鼻口及また尻り、種種くさぐさ味物ためつものを取り出でて、種種くさぐさ作りそなへてたてまつる時に、速須佐之男命はやすさのおのみことしわざを立ちうかがひて、穢汚きたなきものを奉進たてまつるとおもほして、すなは大宜津比賣神おほげつひめのかみを殺したまひき。かれ、殺さえたまへる神の身にれる物は、かしらかひこり、二目ふたつのめ稻種いなだねり、二耳ふたつのみみあはり、鼻に小豆あずきり、ほとむぎり、尻に大豆まめりき。かれここ神產巢日御祖命かみむすぎのみやおのみことこれを取らしめて、種と成したまひき。

また大氣都比賣神に食べるものを欲しいと仰った。そこで大氣都比賣は鼻・口・尻から様々な食べ物を取り出し、様々に料理して奉った。ところが物陰からその様子を窺っていた須佐之男命は「汚い物を食わせようとする」とお思いになられて、たちまち大氣都比賣を殺してしまわれた。その死体には、頭に蚕が生じ、二つの目には稲の種が生じ、二つの耳には粟が生じ、鼻には小豆が生じ、陰部には麦が生じ、尻に大豆が生じた。そこで神産巣日命はこれを取らせ、人々の食べ物の種とした。

故、所避追而、降出雲國之肥上河上、名鳥髮地。此時箸從其河流下。於是須佐之男命、以爲人有其河上而、尋覓上往者、老夫與老女二人在而、童女置中而泣。爾問賜之汝等者誰。故、其老夫答言、僕者國神、大山上津見神之子焉。僕名謂足上名椎、妻名謂手上名椎、女名謂櫛名田比賣。亦問汝哭由者何、答白言、我之女者、自本在八稚女。是高志之八俣遠呂智此三字以音。毎年來喫。今其可來時。故泣。爾問其形如何、答白、彼目如赤加賀智而、身一有八頭八尾。亦其身生蘿及檜榲、其長度谿八谷峽八尾而、見其腹者、悉常血爛也。此謂赤加賀知者、今酸醤者也。

故、所避追而、降出雲國之肥上河上、名鳥髮地。此時箸從其河流下。於是須佐之男命、以爲人有其河上而、尋覓上往者、老夫與老女二人在而、童女置中而泣。爾問賜之汝等者誰。故、其老夫答言、僕者國神、大山上津見神之子焉。僕名謂足上名椎、妻名謂手上名椎、女名謂櫛名田比賣。亦問汝哭由者何、答白言、我之女者、自本在八稚女。是高志之八俣遠呂智此三字以音。毎年來喫。今其可來時。故泣。爾問其形如何、答白、彼目如赤加賀智而、身一有八頭八尾。亦其身生蘿及檜榲、其長度谿八谷峽八尾而、見其腹者、悉常血爛也。此謂赤加賀知者、今酸醤者也。

爾速須佐之男命、詔其老夫、是汝之女者、奉於吾哉、答白恐不覺御名。爾答詔、吾者天照大御神之伊呂勢者也。自伊下三字以音。故今、自天降坐也。爾足名椎手名椎神、白然坐者恐。立奉。爾速須佐之男命、乃於湯津爪櫛取成其童女而、刺御美豆良、告其足名椎手名椎神、汝等、釀八鹽折之酒、亦作廻垣、於其垣作八門、毎門結八佐受岐此三字以音。毎其佐受岐置酒船而、毎船盛其八鹽折酒而待。故、隨告而如此設備待之時、其八俣遠呂智、信如言來。乃毎船垂入己頭飮其酒。於是飮醉留伏寢。爾速須佐之男命、拔其所御佩之十拳劒、切散其蛇者、肥河變血而流。故、切其中尾時、御刀之刄毀。爾思怪以御刀之前、刺割而見者、在都牟刈之大刀。故、取此大刀、思異物而、白上於天照大御神也。是者草那藝之大刀也。那藝二字以音

爾速須佐之男命、詔其老夫、是汝之女者、奉於吾哉、答白恐不覺御名。爾答詔、吾者天照大御神之伊呂勢者也。自伊下三字以音。故今、自天降坐也。爾足名椎手名椎神、白然坐者恐。立奉。爾速須佐之男命、乃於湯津爪櫛取成其童女而、刺御美豆良、告其足名椎手名椎神、汝等、釀八鹽折之酒、亦作廻垣、於其垣作八門、毎門結八佐受岐此三字以音。毎其佐受岐置酒船而、毎船盛其八鹽折酒而待。故、隨告而如此設備待之時、其八俣遠呂智、信如言來。乃毎船垂入己頭飮其酒。於是飮醉留伏寢。爾速須佐之男命、拔其所御佩之十拳劒、切散其蛇者、肥河變血而流。故、切其中尾時、御刀之刄毀。爾思怪以御刀之前、刺割而見者、在都牟刈之大刀。故、取此大刀、思異物而、白上於天照大御神也。是者草那藝之大刀也。那藝二字以音

故是以其速須佐之男命、宮可造作之地、求出雲國。爾到坐須賀此二字以音。下效此。地而詔之、吾來此地、我御心須賀須賀斯而、其地作宮坐。故、其地者於今云須賀也。茲大神、初作須賀宮之時、自其地雲立騰。爾作御歌。其歌曰、 夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁 於是喚其足名椎神、告言汝者任我宮之首、且負名號稻田宮主須賀之八耳神。

故是以其速須佐之男命、宮可造作之地、求出雲國。爾到坐須賀此二字以音。下效此。地而詔之、吾來此地、我御心須賀須賀斯而、其地作宮坐。故、其地者於今云須賀也。茲大神、初作須賀宮之時、自其地雲立騰。爾作御歌。其歌曰、

夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁

於是喚其足名椎神、告言汝者任我宮之首、且負名號稻田宮主須賀之八耳神。

故、其櫛名田比賣以、久美度邇起而、所生神名、謂八嶋士奴美神。自士下三字以音。下效此。又娶大山津見神之女、名神大市比賣、生子、大年神。次宇迦之御魂神。二柱。宇迦二字以音。兄八嶋士奴美神、娶大山津見神之女、名木花知流此二字以音。比賣、生子、布波能母遲久奴須奴神。此神、娶淤迦美神之女、名日河比賣、生子、深淵之水夜禮花神。夜禮二字以音。此神、娶天之都度閇知泥上神、自都下五字以音。生子、淤美豆奴神。此神名以音。此神、娶布怒豆怒此神名以音。之女、名布帝耳上神、布帝二字以音。生子、天之冬衣神。此神、娶刺國大上神之女、名刺國若比賣、生子、大國主神。亦名謂大穴牟遲神、牟遲二字以音。亦名謂葦原色許男神、色許二字以音。亦名謂八千矛神、亦名謂宇都志國玉神、宇都志三字以音。幷有五名。

故、其櫛名田比賣以、久美度邇起而、所生神名、謂八嶋士奴美神。自士下三字以音。下效此。又娶大山津見神之女、名神大市比賣、生子、大年神。次宇迦之御魂神。二柱。宇迦二字以音。兄八嶋士奴美神、娶大山津見神之女、名木花知流此二字以音。比賣、生子、布波能母遲久奴須奴神。此神、娶淤迦美神之女、名日河比賣、生子、深淵之水夜禮花神。夜禮二字以音。此神、娶天之都度閇知泥上神、自都下五字以音。生子、淤美豆奴神。此神名以音。此神、娶布怒豆怒此神名以音。之女、名布帝耳上神、布帝二字以音。生子、天之冬衣神。此神、娶刺國大上神之女、名刺國若比賣、生子、大國主神。亦名謂大穴牟遲神、牟遲二字以音。亦名謂葦原色許男神、色許二字以音。亦名謂八千矛神、亦名謂宇都志國玉神、宇都志三字以音。幷有五名。

  1. 天照大神と須佐之男命は同じ父母から産まれた姉弟であるのに、この天照大神の疑念はなぜであろう。これは元々須佐之男命が天照大神と無関係の荒ぶる神であったのをここで皇統に結びつけたが故に物語に綻びが生じたものと考えられます。この言葉に続いて天照大神が大変な武装をして須佐之男命を出迎える様は一触即発の事態を迎えた軍団の対峙のようです。にも関わらず天神の一人に数え崇敬せざるを得なかったのは、須佐之男命が相当に広く信仰された神であったことを窺わせます。
  2. なぜここで子産みが須佐之男命に叛心がないことの証となるのでしょうか。本居宣長もこの点については何も注釈していません。
  3. つまり須佐之男命の娘たちです。福岡県宗像市にある宗像大社の祭神でもあります。なぜ福岡県、つまり九州北部の大社なのでしょうか。そこに意味があります。また、沖ノ島に祀られている沖津宮は島全体がご神体であり、昭和二十九年以来十数年に渡り発掘調査が行われて、四、五世紀から九世紀までの石舞台や古代装飾品など、大量の祭祀遺物が発見されています。
  4. この五柱の神々は天照大神の息子たちですが、須佐之男命の娘たちと異なり祭られるのではなく、各地方の祖神であると位置づけられています。ここまで具体的に子孫の名が挙げられた神はおらず、ここで初めて語られているということは、それら子孫の氏族が天照大神の子孫、つまり天皇に従属すべき族であることを示しています。上古に於いては重要な族であったのでしょう。

二〇一三年八月十一日 初版