売国奴お断り - No Traitors Allowed

日本のことについてとりとめのないことを綴っていくブログです。日本が嫌いな人は見てはいけません

日本の古代史を考える—①漢書地理志

日本は『古事記』『日本書紀』以前に歴史書があったことは明らかにされているが、その内容については、『古事記』『日本書紀』に盛り込まれたもの(どれがそうであるかは不明である)のほかに現代に伝わっているものはごくわずかでしかない。そこで古来より中国の歴史書を引くことが当然とされてきた。しかしその内容については充分に吟味され、教育されているとは言い難い。日本が始めて登場する中国の歴史書は『漢書』であるが、高校の授業でも、百あまりの国に別れていたという程度のことしか教えられない。しかしこの条の本質はそんなところにはない。その前こそが重要なのである。以下に地理志燕地倭人条を示す。

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邪馬壹国・九州王朝・関東王朝

2013-05-27 歴史 日本史

邪馬台国」論争は昔から有名で、九州にあったか近畿にあったか、はたまた海外だったか様々な仮説が出ては消え出ては消えして今に至っている。「婚姻の歴史を考える」を書いた際、魏志倭人伝についても簡単に調べたのだが、古田武彦氏の論によって、積年の疑問が解決したのでここにまとめておきたい。

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婚姻制度の歴史を考える—⑥母系制

ヒトがいつから存在するかは未だ確定していないが、そもそもヒトの社会は母系制であったと考えられる。ヒトの妊娠、出産、育児は、他の動物と比較して異常なくらいコストがかかることは改めて述べるまでもない。であれば、それを担うメスを中心としてこれを保護する形で集団が営まれるのは自然なことであり、むしろ生殖負担が全く異なるチンパンジーやゴリラなどを例として父系制を唱えるのは滑稽なことだと言える。

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婚姻制度の歴史を考える—⑤妻問婚補記

弥生時代の定義は学会でも揺れているようだが、米の栽培/収穫が主要な食糧獲得手段になり、土地の奪い合いによる集団間の紛争が発生していた時期をそう呼ぶことに差し支えはなさそうである。つまり遅くとも、農耕が定着して武力闘争が開始された時期には弥生時代が始まっていたものと見なす。そして、紛争の片が概ねついて各地に「」を称する大首長が現れ、古墳を築造し始める古墳時代の前までを弥生時代とする。以下本稿でいう弥生時代はその意味である。

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婚姻制度の歴史を考える—④妻問婚

日本の古代—主に古墳時代から奈良時代にかけて—に婚姻様式として妻問婚が広く行われていたのは、周知の事実である。

では、妻問婚はいつ頃始まり、いつ群婚に取って代わったのであろうか。 筆者は、少なくとも縄文中期には妻問婚が始まっていたと考える。理由は以下の通りである。

①既に大規模集落が営まれており、集団が大規模化していたこと。
②勾玉の交易から明らかなように他集団との交流が活発であったこと。
③(同一血族を示すと思われる)抜歯の風習が始まったこと

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婚姻制度の歴史を考える – ①婚姻の始まり

人類の始原における婚姻制が何であったかは歴史の遙か彼方のことでもあり、今でも判然としない。しかし血縁による集団を構築していたことはどうやら間違いのないことらしいので、これを出発点として、原始の婚姻制を考えてみたい。

当たり前のことだが、始原において、婚姻とは性交であった。これが何らの制約がない状態に集団が置かれると、乱婚に陥ることは現代日本を見ても明らかである。結婚するまでは処女でなくてはならず、結婚したら女の浮気は絶対にダメであり、すれば罪に問われる。のが、一夫一婦制度というものである。婚前交渉が花盛りで、不倫乱交が大手を振ってまかり通っている日本の現状を指すものではないことは明々白々としか言いようがない。それはともかく、人類の始原ではどうだったのか。

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